歌川広重『名所江戸百景』 を撮ってみた – 第25景・目黒元不二編(東京都目黒区上目黒)

今日はちょっと変化球。「浮世絵に描かれた場所に行って、可能な範囲で似た構図で写真を撮る」というシリーズです。

取り上げるのは、歌川広重『名所江戸百景』の第25景『目黒元不二』です。

歌川広重『名所江戸百景 第25景 目黒元不二』。画像はWikipediaより

目黒元富士とは

目黒にはかつて、目黒川をはさんで、元富士新富士の2つの富士塚(ふじづか)がありました。

富士塚とは、富士山のミニチュア。
旅行が自由に出来なかった江戸時代、富士山に見立てた塚を作ってそれに登ることで、富士山に登ったのと同じご利益を得られますよっていうものです。

元富士跡を探してみる

元富士・新富士ともに現存していませんが、まずは跡を探しにいってみます。

中目黒駅の東口1を出まして、そのまま山手通りの横断歩道をわたり、目黒川をわたります。セブンイレブンの十字路を左折して西郷山通りをしばらく道なりに進むと、十字路に突き当たり、目切坂の説明板が立あります。

右の坂が目切坂。

江戸時代の地誌『新編武蔵風土記稿』によれば、昔この付近に石臼の目を切る職人が住んでいたので目切坂というようになったとかいいますが、諸説あります。

目切坂を登ると、案内板が立ててありました。

現在の目黒元富士跡

後ろのマンションの敷地内に、かつて元富士がありました。

元富士は、台地の斜面を有効活用した、12mほどにもなる巨大な富士塚。文化9年(1812)に上目黒の富士講の人々が作りました。頂上にはお決まりの浅間神社をまつり、富士山を眺めることができたといいます。

富士信仰の人はもちろん、旧暦6月1日の山開きの日に限らず、春や秋には大変人が賑わったとか。

今でも感じることができる12mの高低差

目切坂の途中に京音楽大学 中目黒・代官山キャンパスがあるのですが、そこの階段の高さから、かつての元富士の12mの高低差を感じることができます。

『名所江戸百景』の今を撮ってみる

さて、歌川広重の『名所江戸百景』に近い画を撮れる場所を探してみます。

もう一度絵を見ると、左奥に富士山、右手前に元富士が写っていることから、元富士よりも東に立ち、西を見た図ということになります。

歌川広重『名所江戸百景 第25景 目黒元不二』。画像はWikipediaより

というわけで、元富士跡よりも東側に移動し、崖線の高低差を感じられる場所を探して撮ったのがこちら。

横向きはこんな感じです。

おおよその撮影地点がこちらです。

実際の目黒元富士跡よりも南側を撮っていますが、そこはご愛嬌ということで笑

崖線にかつての元富士の姿を重ねてみました。