狛江市覚東の守り神を謎解き – 子之三島神社(東京都狛江市)

東京都狛江市の子之三島神社(ねのみしまじんじゃ)は、覚東子之神社(がくとうねのじんじゃ)とも呼ばれる神社さんです。

狛江市は合併前は6村に分かれており、その一つ、覚東村の守り神がこの神社。

江戸時代の地誌『新編武蔵風土記稿』に「子之権現社(ねのごんげんしゃ)」という名称で載ってはいるものの、その創建や由緒については不詳です。

明治元年、旧覚東村 下覚東の三島にあった三島社を合祀(別々にあった神社の神様を、一緒に祀ること)。

ご祭神

現在のご祭神は以下の2柱。

  • 大己貴大神(オオナムチノオオカミ)
  • 大山祇神(オオヤマツミノカミ)

しかしながら、ご祭神って明治になって「そんな神様、古事記にでてこないぞ!古事記にでてくる神様にしなさい!」というお達しによって、当地で長く信仰されていた神様がなかば無理やり変えさせられたケースも多く、意外とアテにならないこともあります。

この神社もなんだかそんな感じがしますね。少し深読みしてみましょう。

オオヤマツミは三島社のご祭神

オオヤマツミは、合祀された三島社のご祭神です。
全国の三島神社の元締めである三嶋大社(静岡県)や大山祇神社(愛媛県)も同じくオオヤマツミを祀っています。

下覚東 三島の人は、鰻を神様の御使いだとして食べなかったそうです。(参考:ウナギを食べない三島の人たち – 狛江市役所
三嶋大社も同じく、鰻は三嶋大神の神使だから食べてはいけないという慣習がありました。(鰻は三嶋の名物になってますが…)

ということは、由緒不明である子之権現社のご祭神として、オオナムチを当てていることになります。

子之権現はオオナムチ?

オオナムチ…すなわち大国主は、しばしば「仏教の大黒天と同じ」、という見方をされます。

大黒天の使いはねずみです。

ねずみは十二支で「」ですね。
だから、子之権現=オオナムチ。

でも、由緒不明の子之権現が古事記に登場する神様であるオオナムチなのは、どこか引っかかります。

子之権現は「足腰の神様」?

「子之権現」で調べてみると、どうやら各地の子ノ権現神社や子ノ神社は、埼玉県飯能市にある子之権現 天龍寺が大元で、これが足腰の神様

現在は大国主を祭神としていても、本来はこの天龍寺の子之権現だったところが少なくないようです。

例えば、埼玉県狭山市入間川の子ノ神社。

祭神を大国主命としていますが、子ノ神は飯能市の子ノ権現社の信仰であり、本尊は子ノ聖大権現とされています。

引用:子ノ神社 – 埼玉県狭山市公式ウェブサイト

天龍寺のご本尊は十一面観音ですが、当寺を開いた子ノ聖(ねのひじり)というお坊さんが、大権現という名前の足腰の神様として信仰されています。

というのも子ノ聖は死の直前に、「かつて登山の折に、足腰に悩まされたことがあったから、私は足腰に悩める者が一心に祈れば、その霊験を示そう」と言い残され、弟子が大権現(だいごんげん)として崇め、子之聖大権現社(ねのひじりだいごんげんしゃ)を創建したのが始まり。

それが信仰を集め各地に広まった、というわけです。

狛江の子ノ権現社も、子ノ聖大権現を分霊して祀ったものとして考えられます。

狛江の子之権現は妙見様?

龍蛇信仰を考察されているブログで、子之三島神社についてこんな文面がありました。

ひとつ目をひく所としては、『狛江村誌』に地元の旧家に文安五年(1448)の創立だと伝わったという話が載っている、という件がある。

もしそうであるならば、明らかに後北条氏に先行する子権現であったということになるだろう(子之神社は後北条氏の領地に分布するという特徴が見えている)。

引用:多摩行:狛江|龍学 -dragonology-

加えて、埼玉県飯能市の円泉寺のご住職が、ご自身で調べまとめた資料には以下のようにありました。

子之神社は北辰妙見を祀り文安五年(1448)の創立。
千手院の境内にあった三島神社を子之権現社へ合祀

引用:関東の妙見菩薩 妙見シリーズ1 埼玉・東京・群馬

妙見菩薩(みょうけんぼさつ)は、中国における北極星・北斗七星の神様が仏教に取り込まれたもの。

妙見菩薩の図像。Wikipediaより引用

北斗七星の第7星は破軍星ともいい、武神として関東の武士の信仰も厚かった。

妙見様を祀っていたと記載されている原資料が定かではありませんが、もしかしたら『狛江村誌』にそう書いてあるのかもしれません。

さらに気になる境内社

拝殿右脇にあった境内社。これが何の神様なのか不明ですが、祠には三つ鱗の神紋が確認できます。

後北条氏が用いた「北条三つ鱗」。画像は『歴史をわかりやすく解説!ヒストリーランド』より引用

三つ鱗といえば、北条氏。
先程引用させていただいたdragonologyさんの記事でも、当社と後北条氏の関係を考察されていました。

また、三つ鱗を神紋・寺紋(神社やお寺の家紋のこと)として用いる寺社で考えると、特に弁財天が多いです。

祠をもう少し気にしてみればよかったですね・・・。

まとめ

子之三島神社の子之権現は、天龍寺(埼玉県)の子之聖権現で足腰の神様が有力。妙見菩薩の説もある。
後北条氏ゆかりの可能性あり?

子之三島神社の概要

祭神 大己貴大神
大山祇神(相殿)
主な神事 宵宮(9月第4週土曜)
例祭(9月第4週日曜)
御朱印 なし
社務所 なし
住所 〒201-0001 東京都狛江市西野川1丁目17
駐車場 なし(道脇には停められそうです)
アクセス

《バス》
小田急・狛江駅から、成05「成城学園前駅西口行」乗車。「覚東」降車より徒歩1分

《徒歩》
京王・柴崎駅から徒歩16分