歴史が古い神社のステイタス? 式内社・国史見在社を解説

神社に行くと、社号標に「延喜式式内社」とか「式内社」と書かれているものをたまに見ます。

こういうやつですね。

これ何かといいますと、端的にいえば「うちは1000年近い歴史がある神社ですよ」というアピールです。

式内社(しきないしゃ)ってなに?

「式内社」(しきないしゃ)とは、「『延喜式』(えんぎしき)の中に記載のある神社」のことを言います。

『延喜式』(えんぎしき)は、平安時代中期(927年)に完成した法令集です。

全50巻からなり、その巻1〜10が祭祀に関する決まりごと。
うち巻9と10は、当時朝廷の管理下にあった全国の神社名鑑であり、『延喜式神名帳』(えんぎしき じんみょうちょう)と呼ばれます。

載っている神社は全国2861社。

『延喜式』に記載のある=平安時代にはすでにその神社が存在していたということ。

故に、少なくとも1000年近い歴史を持つ、古い神社であるっていうアピールになるんです。

確実な式内社はほとんどない

ですが長い歴史の中で、確かな証拠を残す神社はほとんどありません。

そのため、多くが自称か、学者によって「ではないか」と比定されているものが大半。

こういった神社を、「論社」(ろんしゃ)や「比定社」(ひていしゃ)といいます。

『延喜式神名帳』に載ってないけど存在していた神社もある

また、『延喜式神名帳』に載る神社以外は当時なかったのかというと、そうではありません。

これはあくまで朝廷が認めた神社のみ

神仏習合によってお寺が管理していた神社、独自に信仰が発展し公認ではなかった神社、当時はまだ朝廷の勢力圏外にあった神社もあります。

『延喜式神名帳』に載っていない神社を、まとめて「式外社」(しきげしゃ)といいます。

例えば、熊野那智大社、石清水八幡宮とかは、当時ほかの文献に現れるものの『延喜式神名帳』には載っていないので、「式外社」になります。

国史見在社(こくしけんざいしゃ)

『延喜式神名帳』には載っていない、つまりは「式外社」であっても、大和朝廷の正式な歴史書6冊にその存在を確認できる神社を、「国史見在社」(こくしけんざいしゃ)といいます。その数は全国390余社。

大和朝廷の正式な歴史書6冊とは、

  1. 日本書紀(にほんしょき)…720年完成
  2. 続日本後紀(しょくにほんぎ)…797年完成
  3. 日本後紀(にほんこうき)…840年完成
  4. 続日本後紀(しょくにほんこうき)…869年完成
  5. 日本文徳天皇実録(にほんもんとくてんのうじつろく)…879年完成
  6. 日本三代実録(にほんさんだいじつろく)…901年完成

以上の6冊。これらをまとめて「六国史」(りっこくし)といいます。

先程の「式外社」にあげた、熊野那智大社、石清水八幡宮も「国史見在社」

神社好きが「江戸時代は最近」とか時間感覚がおかしいこと言っているのは、「式内社」や「国史見在社」を基準に考えている可能性があります。どうか許してあげてください笑

まとめ

社号標などに見える、「式内社」(しきないしゃ)とは、平安時代中期の神社名鑑『延喜式 神名帳』に名前が載る、1000年近い歴史を持つ神社のこと。

『延喜式』に載っていないけど、朝廷の正史に名前が載る神社は「国史見在社」(こくしけんざいしゃ)

どちらも「歴史が古く、由緒正しい神社であることの証明」として、一種のステイタスになっています。

あなたのお住まいや地元の神社はどうでしょうか?
神社の奥深さを知るのにはいい指標なので、ぜひ覚えておくといいですよ!